農にふれる日々
■日進野菜塾の設立からちょうど8年をむかえた。当時は全員、日曜の午前中だけ畑に来た。あとの6日は誰も畑に来なかった。
「農家のおばあちゃんたちに学ぶ野菜教室」という期限つきの、週に一回だけ来て楽しむ野菜教室だったのだ。農家を先生にして全員が「生徒」、スタッフはいなかった。 ふだん誰も畑を見に来ないので夏場にはキュウリが育ちすぎてヘチマとなり、ナスは実をつけすぎくたびれていた。それもまた私たちは楽しかった。 寛容な農家のおばあさんたちからは「あんたらは週一農業だもんね」とか「レジャーだよね」とか、多少の皮肉をこめて言われたものだ。
■8年たって今、日進野菜塾の中心メンバー数人は、週の4~5日、つまり大半は来ている。この状態がもう2、3年はつづいている。 「農家要件」の一つに「年間150日以上農作業に従事」というのがあるそうだが、その日数をはるかに超えている。 従事日数、時間だけでいえば農家にそん色ない。(多ければいいものでもないが。) 田畑も想像できないほど広がった。当初は150坪1か所だった。今では全体で2ヘクタール近くにもなり、箇所数も10か所ほどになる。稲作も5年になる。 自ら圃場を持ち(最近では「圃場」と呼ぶようになった)、作物を育てながらNPOとしての活動を模索する、今はそういう位置にいる。
ここまで変わったのには思いもよらぬできごとや、多くの方々、機関、組織のご好意と協力があってこそで、それなくして現在の私たちはなかった。
■「消費するだけ」であった私たちの生活のスタイルも大きく変わってきた。
「非農家出身者」ばかりで、畑のことも田んぼのことも何も知らなかったのだが。農をめぐる奥深い世界がここにあることを知った。価値観、人生観も変わった気がする。 「作物を育てること」「広い圃場をどう維持すべきか」「自然との共生とは何か」「体験はヒトにどんな効果をもたらすか」・・・・といったことも、自ら感じることで実感をもって考えることができるように思う。
■何も知らなかったからこそ、はじめて見ること、聞くこと、感じること、それが人よりも多かったのだろうと思う。 農にふれる日々は、発見と驚きに満ちている。作物、圃場、自然は毎日、今こうしていても刻々と変わる。私たちは、今日もそれを感じるために圃場に足を運ぶ。