名古屋近郊の市民農園NPO法人日進野菜塾

  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりーNPO法人日進野菜塾へのアクセス
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりーNPO法人日進野菜塾へのアクセス
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりーNPO法人日進野菜塾へのお問い合わせ

  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりーNPO法人日進野菜塾とは
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりーNPO法人日進野菜塾とは
  • 名古屋近郊の市民農園のこれまでの活動
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりの−NPO法人日進野菜塾の想い
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりの−インスタグラム
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりの−YouTube
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりの−Facebook

名古屋近郊の市民農園-日進野菜塾とは

名古屋近郊の市民農園 これまでのあゆみ

日進野菜塾は当初は「農家のおばあちゃんに学ぶ野菜づくり教室」という半年限定の事業としてスタートしました。 (2005年当時、愛知県から「団塊世代対象の事業」としてをうけ、始まったのです。) 当時は小さな畑で、10名に満たないメンバーで、半年間のつもりです。 地元の女性農家グループにクワの使い方からはじまって、農地の場所提供、その時々におこなうべきことなど、 何から何までお世話になりました。(今も有形無形の支援をいただいています。)

名古屋近郊の市民農園 これまでの活動区分

私たちにとってのエポック(節目)となったことをあげると、次のように時期区分できます。

趣味の野菜教室時代

少人数で100坪あまりの畑で。週1回の日曜野菜教室。いつも牧歌的な楽しさあふれる。 何も知らす指導農家におんぶ。
和気あいあいの「同行会」のような初期のころ。

米作りをはじめる

田んぼで米づくりをやらないか」と農業委員さんから誘われる。 考えたこともなかったコメ作り。 この時に初めて「耕作していない」田んぼがいかに多いかを知る。 またコメ作りはほとんど機械化され、人の手が介在しなくなっていることもわかる。 一年目は横で作業を見ているだけであったが、2年目から「はざかけ」をするようになる。 ハザかけ米のうまさを心底味わう。最初のときに大きな台風が来て、 ハザが全壊という(悲痛な)経験も。 その後、ハザかけ、さらに無農薬、無化学肥料、苗代づくり・・・ と有機栽培の方法を実験的に追求。

田んぼの自然、生きものの世界

田んぼは米だけでなく、多くの生きものが生まれ育つ場であることを体験から知った時期。 このころから子どもを対象にした「田んぼの生きもの教室」にとりくむようになる。 田んぼの生きもの研究の専門家、関東の先駆団体の指導も受け、 「田んぼビオトープ」も設置し、「田んぼ」、「川」、「ビオトープ」、 これら3ケ所をフィールドにして生きもの調べを毎年実施するようになる。

圃場拡大

平成24年から日進市で「農地バンク」もはじまり、畑、田んぼの「利用権」設定が日進野菜塾も できるようになった。利用農地も拡大し、1.5haほどに広がる。うち半分は田んぼ。 農地の有効利用、効率的な活用、これらのための生産技術、管理技術を磨く必要も痛感される時期になった。 とくに草刈りはたいへんだ。

農と自然の体験プログラム、食育へのとりくみ

多くの都市住民が体験に参加するようになる。 農水省の「教育ファーム」「食育事業」が各地で広がる。 単なる収穫体験、レジャー体験に終わらない、都市生活者に「有意義な体験とは何か」、 プログラム化することに力を入れ、多様なコースを開発し実地展開するようになった。

企業、団体、大学、生産者との連携、協働

都市に住む個人だけでなく、企業や大学、他のNPO団体などとの共同とりくみ、 協働活動が少しづつ増えてきました。 こういう連携は、NPOとしての特長、良さが大きく発揮できる分野であり、 今後も多様な取組みにチャレンジし、共感する組織を増やしたい。

自立をめざして、都市型農地での複合的な事業展開

以上のさまざまな経験をとおして、都市型農業の柱づくりをすすめ、助成金に依存しすぎることなく、 自立した事業を確立し、
魅力ある活動をすすめていきたい。 それが今後の大きな課題になります。

名古屋近郊の市民農園として活動がつづいてきた理由

これまで活動がつづいてきた理由は、ふりかえると次のようなことがあったからと思います。

■何の縁もなかった私たちに、手をさしのべてくれたグループのみなさんの存在が、大きかった。

当時すでに数十年も地元の朝市をささえ、勉強熱心な姿は学ぶものが多いと思ったこと。

■しろうと市民からみると、自然、作物、風景、農家など、(トカイにない)未知の、魅力に富んださまざま存在を知ったこと。
■さらにいろいろ、誘っていただいた人たちがいたこと。

田んぼが遊んでいることを憂いていた当時の農業委員のおじさん、耕作放棄状態で困っている地主の知り合いさんなど。 「ワシが田んぼを教えてやるから」とか、「地主さんに言ってあげるから」とかそういう方々のご好意に背中を押されたこと。

■そして何よりも、当時少数のメンバーであったが、何よりも続けたいと願ったことです。

農業経験、栽培経験が皆無だった分、魅力の深さにハマったのです。

■その後、民間あるいは公的な機関からさまざまな助成、支援をいただく機会に恵まれました。

愛知県、農水省、日進市、なごや環境大学(共育講座)、地球環境基金、福祉医療機構、 モリコロ基金、企業ではパナソニック、デンソー、ハウス食品グループ本社さんなど、 また大学では愛知県立大学、名市大の「学生さんの体験プログラム」について先生方と協働で実施させていただいてきました。

一つ欠けても、わたしたちのその後の活動はなかったと考えています。