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米づくり

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06年6月4日 田植え。 おそるおそる一歩ずつ。はじめは足をとられる。   06年9月10日 稲は順調な成育。水田の美しさを感じる日本の風景だ。   06年10月4日 刈り方を教わる。カマの使い方もコツがあるのだ。
       
  「泣く子もだまる」コンバイン。その威力は絶大。稲刈り、脱穀、1台でこなす。 06年はお世話になった。07年は機械に頼らず。刈り取りはすべて手で。(人力稲刈り)


06年10月22日 わらを束ねる。すっかり茶色の世界。
よその田んぼはワラを燃やしてしまっていた。ワラは畑の野菜づくりのマルチ用など用途が多い貴重な資源。
 

 

 

 

 

 

 

■米作りの始まり(2006年)

日進野菜塾が米づくりにとりくんだのは2006年から。2007年で2回目となった。
その経緯を紹介しょう。

 塾がはじまってまだ1年もたたない2006年の4月ごろ、野菜づくりに必死であったわれわれに、「米もやってみるかね」と声をかけてくれた農家のおじさんがいた。おじさんは地元で農業委員をやっていた。
70代の方で、自分でも米をつくっている。
われわれが野菜づくりを取り組んでいる姿をみて、しろうとだけど人もおおぜいいる。頭数があるのでいけるのでないかと思ったらしい。

なんせ農家はどこも高齢化で後継はおらず、米作りはもうからず。JAに作業まるごと委託するか、何もせず田んぼを遊ばせるかしかないのが現状で、使っていない田んぼがたくさんあるのだ。

しろうとでも「いないよりまし」と農家おじさんも思ったようだ。(あとになって聞いた)

そのおじさんに、われわれは次のように口説かれた。(このおじさんはやがてわれわれにとってコメヅクリの導き手、先生となる方)

「ワシがいろいろ教えてやるよ」、「米作りは楽だよ」、「田んぼ一枚で20俵はとれるよ」・・・・と。

当時私たちは米づくりといっても皆目、何も知らない。田植え、稲刈りといった作業くらいは知っているが、その実際はメンバーのだれも知らない。 どんな工程でどんな作業があるのか、どれだけたいへんか、(自慢ではないが)知るわけがない。
「田んぼ一枚」、「1俵」がどれだけの量になるのかも、 1俵60sで合計1200sといわれても、
その量に実感がまったくわかないのだ。

だが「怖い」ものしらずというか、会員に多数決をとると、みんなやりたいと満場一致。
(「満場」といっても10数人なのだが。)だんだんやらないわけにいかなくなる。

なんとなくの「不安」と「わくわく感」とをともない、ここに米作りの一歩がスタートした。

以後、日進野菜塾は「野菜づくり」だけでなく「米作りもやってます」と言えることになったのだが。
むろんわれわれはあくまで「援農」というスタイルだが。

 

 


  ■準備の段階        
     
  07年5月6日 種もみ。ほぼ12kg。これが約100倍の1200kgほどの米となる。   07年5月6日 苗箱に土を入れ、種まき機で種もみを播く。(ハンドルでまわす)
この倉庫の中で作業をおこなった。
  育苗箱をのぞく。ビニールで全体をおおう。下から加熱器で温度を上げる。苗は日にあたらないためまだ黄色っぽい。
       
07年5月13日 成育した苗箱を田んぼに入れる。まだ黄色っぽいが、日にさらすと数日中に青くなる。   07年5月13日 田んぼに「ひとまきくん」を施肥。いつか施肥しなくてすむような田にしたいのだが。    



 

 

 

 

 

 

■2007年、2回目

一年目の2006年、この年は農家おじさんにまるごと「おんぶにだっこ」。
ほぼ完全な「レジャー的」米作り。田植えも稲刈りも大半、機械のお世話になる。段取り、準備も全部、農家まかせ。おじさんもたいへんだったのでないかと今にして思う。

でも、とりくんだわれわれの満足度は実に高かった。来年もまたやろうねとなった。
レジャーをとおして、米作りの「奥深き世界」も感じた。

2年目2007年の米作りは、終えてみてレジャーから、一歩進めたような気がする。

それは

@米作りの全工程にかかわることができた。
A作業の段取り・準備を自ら(少しは)あたった
B複数の農家の力、道具を借りて
C自然の力、お天道さんの力
Dできるだけワラも使う
E完売

@米作りの全工程にかかわることができた。
種モミ、育苗、耕起、田植え、施肥、雑草刈り取り、稲刈り、はざかけ、脱穀、もみすり、精米。

A作業の段取り・準備を自ら(少しは)あたった

今回は(教えてもらいながらであるが)、作業の準備段階からできるだけ、指導していただく農家さんに手間をかけないよう率先してあたった。
主には
・はざかけ用の竹の伐採を市内の里山でおこなった
・田植え・・・田植え機の力も借りたが、1枚の3分の1ほどは「人力」、つまり人間が刈った。
・はざかけ・・・なんと言ってもこれがたいへん。「稲を刈り取る」「束にする」「はざを立てる」「はざに(稲を)かける」。2007年はこれを大雨の中やることになった。
・もみすり・・・・もみすり機は昔ながらの小型機。これが1200sあるとたいへん。2〜3人がつきっきりで1週間以上かかった。

B複数の農家の力、道具を借りて

・昔風の農機、たとえば田植え機、稲刈り機、脱穀機、もみすり機。
・大型機、複合機はできるだけ使わない。田植え機も5条植えとかでなく、1〜2条、人が押して歩くもの。またコンバインのようにイッキ作業を終えてしまうのでなく、人力でおこない、できない部分を単農機で補助する。
・まあ少し昔風の、米作りのプロセスを味わう農法だ。

C自然の力、お天道さんの力

・2年目の最大の目玉は「はざ(稲架)かけ」だ。今日のように米作りが機械化されてしまう前は当たり前にやられていたのが、「はざほし」だ。太陽、風の力を使って稲を乾燥させる。
収穫したばかりの稲はたくさん水分を含む。これを乾燥して15%くらいの水分にする。
そのためにおよそ2週間くらい干しつづける。
・「はざを立てる」・・・大量のはざ木がいる。クイを打ち、横に通す。今回延べ100メートルを3列つくった。乾燥した田んぼは意外に固い。
・「刈る」「束ねる」「干す」・・・稲を刈り、それをひとつかみごと束ねる、束ねた稲を干す。
2007年の刈り取りは大雨の中。雨にぬれた稲の重いこと。
「はざ」が耐え切れず、何度も「はざ倒壊」。
・2週間後に脱穀・・・干してある「はざ」の回りを機械で移動し、脱穀。脱穀すると「穂」のとれた稲が残る。これはまた大量の「わら」となる。

Dできるだけワラも使う

・「わら」の量は膨大だ。運ぶといっても一人、二人ではどうにもならない。
稲刈りをおこなうとよくわかる。少しの「稲穂」は、どれほど大量の「茎」「葉」にささえられているか。このわらを燃やしてしまう農家が多い。
・われわれは今年はほぼ全量、保管することにした。


D完売

・とれた稲は「はざかけ米」(品種はあいちのかおり)として、会員に販売。
会員、仲間、親類にあっという間にさばけた。
・味は「もっちり」感がきわだちとても評判がよかった。

 

  ■田植え(07年5月27日)        
     
07年5月27日(日)田植えの日。苗は根のところをつまんで2つほどずつ。この段階の苗はほんと小さい。   昔の田植え機。人が手で押す。使い方の説明を子どももまじっておおぜいで聞く。こじんまりとした大きさだ。   ロープを張る。手植えはここまでと3反の田んぼを分けてみる。結局、予想以上に手植えができたのだが。
 
思い思いの格好で。苗を手に手に。青空の下、気持ちがいい。
     
植える向きも実にいろいろ。あっちをむいて植える人、こっちを向いて植える人いろいろで。まっすぐなるのかしら。 手押し田植え機1台と人力田植え機50人とが同時に田植え。どっちが強いか。

空になった苗箱を水洗い。これがけっこうたいへんだ。ポンプは愛知用水の水。ひねるだけで水が出て便利だが、用水路が不要になった。おたまじゃくしが姿を消す一因にもなっているらしい。




  ■稲刈りとはざかけ        
     
07年9月30日(日) 稲刈りの日が強い雨模様となった。週末農のわれわれとしては予定どおり決行。たいへんな一日となるのだが。 「はざ」は「稲架」と書く。刈って束ねた稲を逆さにして干す台だ。上の写真はここ日進の伝統的な方式。はざ棒は地元の農家の旧家に保存されていた棒をもらう。

稲刈り。束をつかみ、引きながらカマで刈る。手がすべって自分の足を切ることもあるそうだ。注意しながら刈る。

     
稲を刈って空いたスペースにはざをつくっていく。雨の中で作業はゆっくりおこなう。誰もがはじめての作業。腰に太いひもをつけはざ棒をしばる。 はざの横棒に稲束をかける。稲束はワラでしばる。その束を横棒にかけるには7:3位の割合で1つの束をわけ、かける。1束ずつ7:3の割合が交互になるように並べる。 雨水をたっぷりすいこんだ稲束は重い。上の写真左側に刈ったあとの稲株が見える。見事に(笑)曲がっている。これは手で田植えしたところだ。稲は立派に育っているが。
 
「ここから折れた」。
重すぎてもう一度、降ろすことに。
はざ、倒れる! ゆっくりと。誰かが言う。「ドミノ倒しみたいだ」。
上の写真は倒れたばかりのはざ。雨をふくんだ稲の重さに耐えかねたのだ。
あとでわかるのだが、@はざクイの立て方が単調すぎたこと(平行すぎ、もっとジグザグに)Aそれにこの雨、稲の重さがこの日が最も重量があった・・・これが理由のようだ。
   

     
結局、はざクイ、横棒をもう一度、立て直すことに。今度は足を交互に向きを変えたり、支え棒をふやしたりとここではじめて自分たちで考え、工夫をした。失敗からの教訓だ。 田んぼに入るとわかるのだが、稲は想像した以上に大きい。稲の根、茎、葉、これらはまだ青いこともあってボリューム感、たくましさに圧倒される。稲刈りの田んぼは大草原のようだ。 今日は雨の中、20人ほどの大人たちが集まった。雨降りなのでさすがに子どもたちはいない。はざが倒れた予想外のこともあって、予定作業おわらず。持ち越す。

  稲刈り・はざかけの2日目(10/3 水曜)        
     
持ち越した作業を10月3日(水)に7名が参加して実施した。刈っておいた稲の残りをはざにかけていった。稲は4日たって青さがなくなり、茶色となった。また水分が乾いた稲はすっかり軽かった。 稲は逆向きで稲穂は下に向く。茎や葉に残った栄養分も穂先に集まるのだ。
たくさんのモミがついている。
ようやく終わったはざかけ。ついバンザイの手があがる。ともかく終えたという安堵感、充実感(?)のようなものが全員の表情にみられましたね。


  ■脱穀(10月14日)        
  はざを干してほぼ2週間で刈りごろとなる。水分も15%近くにまで抜ける。
     
脱穀機を動かす。はざから稲束を降ろす、脱穀機に入れる。この作業をゆっくり進みながらおこなう。はざ棒の間をぬっていく。 脱穀機の右側にある袋の中にモミが入る。残りの稲束は土の上に落とす。脱穀するときにけっこうほこり(ワラ)が出る。

残ったワラ束を20束ずつさらにまとめる。合い間に食べるご飯はさんまご飯。田んぼで食べる味は格別だ。一杯やりたいところだが、がまんしておこう。

  ■もみすり(10月14日)        
  ようやくもみすりまで来た。
     
もみすり機。上からもみを入れると、中で「もみ殻」と「玄米」とに分別される。小型機械なのでゆっくりした作業だ。 詳しい原理はまだよくわからないが、中をとおる間に風圧によって、「玄米」「もみ」「その他」で分かれる。

玄米は左側のパイプから出てくる。結局、数人がかかって5日間要した。ここから白米にするために精米機にかける。


  ■ワラを片付け、保管。        
     
07年11月18日
田んぼの中に残ったワラ束を運び出す。軽トラを乗り入れて積んでいく。

田んぼの奥の土手の部分にワラ置場をつくる。はざかけで使用した長い竹を組み、その上にワラを積んでいく。最後に雨よけのカバーをかけて保管するわけだ。(12月2日)

だんたんと積み上げる。ワラの中にもきれいに保管されてきた上質なワラもある。これだけの量があるとわれわれだけでは使いきれない。




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