名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりー日進野菜塾

  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりー日進野菜塾へのアクセス
  • 名古屋近郊の市民農園で有機野菜づくりー日進野菜塾へのお問い合わせ

カテゴリー

2015-02-24

春ジャガイモの準備、はじまりました。

Exif_JPEG_PICTURE
この日は2月13日、まだ寒い時期。
場所は折戸地区にある300坪ほどの畑です。ここでは昨年はさつまいもと大豆を栽培していました。
今年2015年は春のじゃがいも栽培を全面で実施します。

きょうはその準備のための元肥をまいています。投入量は牛ふん堆肥3トン、発酵鶏ふん450kg。
これまであまり肥料投入していないこと、じゃがいもということもあり、やや多めに入れています。
この牛ふん堆肥はいつも入れてくれる宮下牧場からダンプカーでクルマ1台分です。
発酵鶏ふんは近くのJAに入れている玉子屋さんの袋入りのものです。

Exif_JPEG_PICTURE
牛ふん堆肥は畑の入口部分に山盛りになっているので一輪車に入れて、畑の隅々まで運びばらまきます。
鶏ふんは袋ごと持ち、畑にふりわけていきます。

こうして畑全体に行き渡らせた頃には、体もすっかり暖まり、寒風の中で暑くなります。
この作業を終えたあと、トラクターで表面を耕うんし肥料をすきこみます。

この折戸の畑は、まわりの景観に里山の雰囲気を残しています。
すぐ横には折戸川が流れ、天白川へと流れ込んでいます。段々に連なる田んぼは、田植え時期になると水が張られ、水面に青空を写した風景は美しく、見る側のこころを落ち着かせてくれます。

春じゃがの収穫予定は6月ですので、そのころには、美しい田んぼをきっと目にすることができるでしょう。
Exif_JPEG_PICTURE

 

 

 

2013-08-06

「市民農業者」がふえている

■先日、ある市の農政関係者が見学に来られ、そこで話題になったことがある。いま「市民農業者」がふえてきているのでないかと。市民農業者とは仮称だが、趣味やレジャー目的で野菜づくりだけをする人とはちがう。また反対に「就農」「職業としての農業」を目的にしているのでもない。(むろん就農の可能性は秘めているが)。この二つの間にある存在で、そこにいま、実はたくさんの人たちが栽培活動や、農を媒介にした新しい活動をはじめた(はじめようとしている)人たちが出ている。今はまだ目立たないが、数年後にはもっと顕著な動きがいくつもみられるのでないか。 とまぁこんな感じの話だ。

■私たち日進野菜塾のまわりでも、ここでいう「市民農業者」を地元ですでに実際に見ている。たとえば次のような個人あるいはグループだ。

〇栽培技術、経験を積んでより広い畑、(たとえば50坪以上あるような)で栽培し、販売も考えてみようと思い立つ人
〇定年を経て、仲間と共同で広い畑(田んぼ)を借りて、そこで毎日近く、活動をはじめる仲間グループ
〇頼まれて、子どもや幼児の体験見学を受け入れはじめ、定期化もかんがえるようになった人。(いもほりとかが多い)。
〇農家2代目でみな現役サラリーマンであるが、地域の小学校の田んぼ体験を率先して進めているおやじグループ。
〇定年をすぎ、農業スクールに通い、野菜・果実の栽培から販売まで一人で試したいとあたかも起業のように取り組む個人。
〇任意グループ名を持ち、ほぼNPOのような志向を持つグループ。

■こういう人たちの共通点として、たいてい「非農家出身者」であること。「多くが都市住民」で「つながる意識、思考を持つ」こと。「いつもなんとなく楽しそう」で「熱心」。「地域社会とかかわりを持つ」「人の喜びをわが喜びとする(これは少し言い過ぎかもしれないけれど)」、そういう気持ちを持つ。また長い職業人生から販売や企画に抵抗感がなく、好きな人がいる。

■日進野菜塾で朝市運営の事務局を担当しているが、現に、最近ではこういう「市民農業者」が朝市実施の大きな戦力になっている。新しい取組やイベントにも熱心で協力的だ。(ちなみに私たち日進野菜塾も、まちがいなく「市民農業者」の一員なのだが。) 従来農家とはちがった新しい活動、もっともっといろいろなところで、たくさん出てくる気がするが、まだまだ一つ一つの力は小さいかもしれない。

■都市農業振興を考える上で、こういう新しい勢力「市民農業者」の育成、支援に社会や行政ももっと目を向けてよいのでなかろうか。また市民農業者自身ももっと広く連携し共同することが大切に思う。

Exif_JPEG_PICTUREExif_JPEG_PICTUREExif_JPEG_PICTURE

 

2013-08-02

農にふれる日々

■日進野菜塾の設立からちょうど8年をむかえた。当時は全員、日曜の午前中だけ畑に来た。あとの6日は誰も畑に来なかった。
「農家のおばあちゃんたちに学ぶ野菜教室」という期限つきの、週に一回だけ来て楽しむ野菜教室だったのだ。農家を先生にして全員が「生徒」、スタッフはいなかった。 ふだん誰も畑を見に来ないので夏場にはキュウリが育ちすぎてヘチマとなり、ナスは実をつけすぎくたびれていた。それもまた私たちは楽しかった。 寛容な農家のおばあさんたちからは「あんたらは週一農業だもんね」とか「レジャーだよね」とか、多少の皮肉をこめて言われたものだ。

■8年たって今、日進野菜塾の中心メンバー数人は、週の4~5日、つまり大半は来ている。この状態がもう2、3年はつづいている。 「農家要件」の一つに「年間150日以上農作業に従事」というのがあるそうだが、その日数をはるかに超えている。 従事日数、時間だけでいえば農家にそん色ない。(多ければいいものでもないが。) 田畑も想像できないほど広がった。当初は150坪1か所だった。今では全体で2ヘクタール近くにもなり、箇所数も10か所ほどになる。稲作も5年になる。 自ら圃場を持ち(最近では「圃場」と呼ぶようになった)、作物を育てながらNPOとしての活動を模索する、今はそういう位置にいる。

ここまで変わったのには思いもよらぬできごとや、多くの方々、機関、組織のご好意と協力があってこそで、それなくして現在の私たちはなかった。

■「消費するだけ」であった私たちの生活のスタイルも大きく変わってきた。
「非農家出身者」ばかりで、畑のことも田んぼのことも何も知らなかったのだが。農をめぐる奥深い世界がここにあることを知った。価値観、人生観も変わった気がする。 「作物を育てること」「広い圃場をどう維持すべきか」「自然との共生とは何か」「体験はヒトにどんな効果をもたらすか」・・・・といったことも、自ら感じることで実感をもって考えることができるように思う。

■何も知らなかったからこそ、はじめて見ること、聞くこと、感じること、それが人よりも多かったのだろうと思う。 農にふれる日々は、発見と驚きに満ちている。作物、圃場、自然は毎日、今こうしていても刻々と変わる。私たちは、今日もそれを感じるために圃場に足を運ぶ。

Exif_JPEG_PICTUREはざかけ③ 白山宮下の風景